作成者別アーカイブ: nakamura

龍次郎さんのことその22ー龍次郎さん、邸宅を案内する。

昭和13年から28年にかけて建てられた矢中の杜は、近代を生きた龍次郎さんの思想や好みの集大成なのだろうと思っています。単に、趣味や好みだけではなく、龍次郎さんが考える「建築とはどうあるべきか」という問いの答えを具体的かつ実験的に示している、そういった意味でも見応えのある邸宅です。

 

矢中の杜の建設当時の龍次郎さんの取材記事によると、
「必ずしも私物とせず学会の研究的会合などには喜んで提供する用意があると言っており、将来は財団法人として公共のように供する時期もあろうかと言っている。」
(建築設備 No.33 昭和28年7月1日発行 ※旧仮名遣いは現代仮名遣いに筆者が適 ……

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ひな飾り!

守り人Mです。2月18日の邸宅公開では、お客さんの合間を見て例年邸宅内で飾っているひな人形を出しました!

 

豪華な7段飾り。もちろん台から設置です。

力を合わせて飾っていきます。

日本の手仕事のきめ細かさを感じます。

 

完成!飾っていても心がうきうきしてきます。

 

来週も25日土曜日は邸宅公開日です。ぜひひな祭り気分を味わいに矢中の杜へおいでください♪

龍次郎さんのこと その21ー龍次郎さん、小学校へ。

矢中の杜には、明治18年(龍次郎さん満7歳の頃)に発行された、「北條小学校初等科第六級卒業」の証書が残っています。お名前の漢字が違うのはご愛嬌なのだろうか…と引っ掛かりつつも、「第六級卒業ってなんだろう?」と不思議に思い調べてみると、明治12年に発令された「改正教育令」によるものでした。

明治5年に発布された「学制」が、明治12年、「教育令」に変更され、その後改正がなされました。小学校の教育課程の基準については、明治14年に「小学校教則綱領」が定められ、小学校は、初等科:3年、中等科:3年、高等科:2年の三段階編制となったのだそう。初等科6級、中等科6級、高等科4級の昇級制度が設けられて ……

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龍次郎さんのこと その20ー龍次郎さん、ますます発明する

矢中の杜(旧矢中家住宅)の特徴の一つは、矢中防火板。
これは、日本の風土にあった木造建築の持つ弱点の一つ、火を食い止めるための龍次郎さんの発明です。薄いコンクリートのタイル板を外壁の下地に貼り付け、その上をモルタルなどで仕上げるもので、特に隣地との境界線近くの外壁に使われています。普段は壁の中ですから見えないのですが、そっと守りを固めているわけです。

龍次郎さんが活躍していた頃、木造建築の外壁を薄い、土・モルタル・タイル・金属板などでくるんで火がつきにくくする準防火構造の対策が取られはじめます。これが大正9年に制定施行され、初の建築法規と言われている「市街地建築法」。当時ほとんどを占め ……

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あけましておめでとうございます

あけましておめでとうございます

旧年中は、矢中の杜をご支援いただき
誠にありがとうございます。
本年もよろしくお引き立ていただきますよう、おねがい申し上げます。

皆様に幸多い年になりますよう
お祈りいたします。

2017年 酉年 元旦

龍次郎さんのこと その19ー龍次郎さん、立ち向かう

今年もいよいよあとわずか。年の瀬も押し迫ってまいりました。
12月26日(月)午後11時15分から、NHKBSプレミアムで、矢中の杜でロケが行われたドラマが放映されます。江戸川乱歩短編集Ⅱの第1回「何者」の舞台になりました。矢中の杜で事件が起こるようです!

さて、龍次郎さんのこと。満州から日本に戻り、東京で会社を起こして2年目、大正12年、関東大震災が東京を襲います。震災後の帝都復興には、セメント防水剤マノールが数多くの建築物で使われたようです。前回ご紹介した昭和30年作成の「経歴書」によると、国会議事堂、宮内庁、歌舞伎座、三越呉服店、同潤会啓成社、同潤会アパート、野田醤油株式会社など ……

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龍次郎さんのこと その18ー龍次郎さん、渋沢子爵邸を施工する

今回はいつにも増して個人的な推理の域を出ない話です。

龍次郎さんの発明したセメント防水剤マノール。昭和30年に作成された「マノール防水剤 経歴書」のマノール防水施工先には、国会議事堂に始まり、宮内庁、警視庁、歌舞伎座や三越呉服店と当時から様々な建築物に採用されていたことがわかります。その中に、「渋沢子爵邸」という記載もあります。渋沢子爵といえば、渋沢栄一氏もしくは渋沢敬三氏でありましょう。

個人的にではありますが、年代的にみても、先の冊子の施工先として渋沢栄一氏の起こした「渋沢倉庫」の記載も見えることもあり、渋沢栄一邸ではないかと推測しています。

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龍次郎さんのこと その17ー龍次郎さん、銅像になる

一昨年、東日本大震災による被害の修繕工事を行ったときのこと。
矢中の杜に残る横井戸の上の部分の大谷石の土留めが、震災の際崩れてしまい、応急的に対応していました。茨城県やつくば市、日本ナショナルトラストの助成を受けて、そこを修繕することができたのですが、そのまま大谷石を積み上げるのではまた崩れるおそれがあるので、補強をして修繕しましょうということに。工事のためちょうど横井戸の上の土を掘っていたとき、何故か土の中から頑丈なコンクリートの平板が現れたのです。これは一体なんだ?と首を傾げた時に思い出したのが、矢中の杜に残っている写真の一つでした。それはかつて矢中の杜にあった龍次郎さんの胸像の写真。そ ……

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《矢中龍次郎が好んだ反骨の絵師 野沢如洋展》終了しました

《矢中龍次郎が好んだ反骨の絵師 野沢如洋展》終了しました。
おいでいただいた皆さま、ご協力いただいた皆さま、ありがとうございました。

今回は矢中龍次郎氏が所有した画家・野沢如洋の絵を通常とは数多く展示しました。秩父宮殿下の御前で描く栄に浴すなど、その水墨画が大いに評価されながら、蛮行・奇行のエピソードも多い野沢如洋。そのエピソードも一部紹介しながらの展示となりました。
掛け軸だけでなく、なかなか開く機会のない大物の屏風などもあり、いつもと違った雰囲気の邸宅を、お楽しみいただけたと思います。

さて、矢中の杜では、秋のイベントも終わり、今週から通常通り、毎土曜日ごとの公開です。 ……

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