2017年2月18日

ひな飾り!

守り人Mです。2月18日の邸宅公開では、お客さんの合間を見て例年邸宅内で飾っているひな人形を出しました!

 

豪華な7段飾り。もちろん台から設置です。

力を合わせて飾っていきます。

日本の手仕事のきめ細かさを感じます。

 

完成!飾っていても心がうきうきしてきます。

 

来週も25日土曜日は邸宅公開日です。ぜひひな祭り気分を味わいに矢中の杜へおいでください♪

2017年2月16日

矢中の杜活動史 第24回—「保存」と「活用」

こんにちは。
元管理人の早川(公)です。
てらおくんもかいている昔の矢中の杜の話はいかがでしょうか。

そんな状況だったなんて信じられない?
たしかに、ぼくがガイドをしていた2年前のときですら、この庭園はジャングルだったんですよ、とか、別館は埃が層になって積もってたんですよ、とか言うと「信じられない」という声をよく聞いたものでした。

文化財、というのは美しいままであるわけではありません。
(もちろん、ポテンシャルはあります。)
そうではなく、人の手間ひまが入って初めて、文化財は営みの結晶として形を成すのだと、矢中の杜での活動は教えてくれました。

そんな考えが根底にある ……

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2017年2月12日

「矢中の杜へようこそ」 邸宅のお宝(かも?)1

これほど豪華な邸宅を建てた龍次郎氏であるから、どこかに金銀財宝が残しているのではないかとは誰もが思う夢であろう。だが残念ながらそんなものは、今の所見当たりはしない。もちろん屋敷や調度自体が、十分お宝なのではあるが。しかし悲しいかな凡人たる我々は、即物的な財宝を夢見てしまうのである。
だが実は価値のあるものがそこに残っていても、それに気付かないだけなのかもしれない。価値を知る人が見れば驚愕のものが、もしかしたらゴロゴロ転がっているかも。これってもしかしてというものを、ご紹介してみたいと思う。知識のある方がご覧になったなら、何かコメントを頂けたら嬉しい限りである。

まずは掛け軸に仕立てられ ……

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2017年2月9日

矢中の杜活動史 第23回—「招かれざる客」との闘い

こんにちは。寺尾です。

第20回の記事になりますが、早川さんの管理人体験記に、「招かれざる客」のエピソードがありました(詳しくは当該記事をご覧ください)。その招かれざる客とは虫や小動物で、昼間の活動では見られない、夜に邸宅独特の体験です。

それは夜の「招かれざる客」のお話でしたが、一時期現れた「招かれざる客」たちは、昼間の活動にも影響をもたらし、NPOは対応に苦労しました。彼らは主に夜出没していると思われましたが、開けていないはずのお菓子の袋が破られたり、動物の糞らしきものが押入や戸棚に落ちていたりと珍現象が多数起きました。一体誰の仕業か!?
果たして、それはネズミさんでした。 ……

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2017年2月5日

龍次郎さんのこと その21ー龍次郎さん、小学校へ。

矢中の杜には、明治18年(龍次郎さん満7歳の頃)に発行された、「北條小学校初等科第六級卒業」の証書が残っています。お名前の漢字が違うのはご愛嬌なのだろうか…と引っ掛かりつつも、「第六級卒業ってなんだろう?」と不思議に思い調べてみると、明治12年に発令された「改正教育令」によるものでした。

明治5年に発布された「学制」が、明治12年、「教育令」に変更され、その後改正がなされました。小学校の教育課程の基準については、明治14年に「小学校教則綱領」が定められ、小学校は、初等科:3年、中等科:3年、高等科:2年の三段階編制となったのだそう。初等科6級、中等科6級、高等科4級の昇級制度が設けられて ……

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2017年2月2日

矢中の杜活動史 第22回—矢中の杜に泊まる

こんにちは。
元管理人兼理事長の早川(公)です。

寺尾くんとこうして立ち上げからの活動を振り返るこの企画も22回目を迎えました。
(全然キリなよくないと思いきや本日が2/2だからなのです。)
手前味噌な話ですが、「あー色々やっていたんだなー」としみじみ面白く振り返っています。
前回のロゴの記事なんかも、いつの間にか当たり前になってしまっていたけど、もしかしたら最近矢中の杜を知り始めた人にとってはずっと不思議なことだったのかもしれませんね。

ちなみに、あのロゴでぼくが掘ったのは筑波山の下の草むらです(笑)
いや、本当にこういうものに自信がなくてですね…。

さて今日は、 ……

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2017年1月29日

「矢中の杜へようこそ」 邸宅の換気の工夫

40年も空き家だった邸宅がこれほど良い状態で残ったのは、一つには矢中龍次郎氏がこだわった換気の工夫があるようだ。
例えば表玄関のホールに隣接する物置の床には床下部屋への通気口 が作られている。

 

そして多くのガラス戸の腰板部分が無双窓となっていて、空気の通りを調整出来るようになっている。
夏には冷たい空気を、ここから取り入れているのであろう。
ところでこの無双窓は作られて75年も経とうというのに、まだちゃんと稼動するのも驚きである。

そして熱い空気は天井に作られた換気口から、天井裏に排出される。
照明が取り付けられている天井が一段高くなっていて、周囲の格子の部分 ……

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2017年1月27日

矢中の杜活動史 第21回—NPOロゴのこと

こんにちは。寺尾です。
前回の早川さんの管理人体験談は、僕も新鮮でした。僕も何度か夜泊まったことがありますが、真っ暗な廊下をトイレに歩くのは少し緊張しますし(屋内なのが救いです)、夜の別館に行くのはプチ肝試しです。一人で寝泊まりするのはちょっとした物音にもビビるだろうなぁ。

さて、今日のテーマは、NPOのロゴについて。
NPO設立に向けて色々とつくっていくものがありますが、そのなかでロゴについてお話ししたいと思います。

様々な企業や団体がロゴを持っていますが、その団体をひとつの図案で表し、イメージを決めてしまう重要なものです。一般的なロゴは、何らかの文字や絵などを抽象化したり図 ……

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2017年1月22日

龍次郎さんのこと その20ー龍次郎さん、ますます発明する

矢中の杜(旧矢中家住宅)の特徴の一つは、矢中防火板。
これは、日本の風土にあった木造建築の持つ弱点の一つ、火を食い止めるための龍次郎さんの発明です。薄いコンクリートのタイル板を外壁の下地に貼り付け、その上をモルタルなどで仕上げるもので、特に隣地との境界線近くの外壁に使われています。普段は壁の中ですから見えないのですが、そっと守りを固めているわけです。

龍次郎さんが活躍していた頃、木造建築の外壁を薄い、土・モルタル・タイル・金属板などでくるんで火がつきにくくする準防火構造の対策が取られはじめます。これが大正9年に制定施行され、初の建築法規と言われている「市街地建築法」。当時ほとんどを占め ……

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2017年1月19日

矢中の杜活動史 第20回—管理人の日々②

こんにちは。早川(公)です。
寺尾くんが書いた前回記事の「東西お雑煮対決」、懐かしいですね。

冬の透明な寒さと、タイル貼りの台所の洗い場。
居間からふすまを開けると、L字型の廊下の向こうにぼんやり見える調理の風景。
矢中の杜は、何気ない生活がまるで映画の1シーンみたいに見えることがありました。

そんな美しい邸宅に管理人として住んでいた私。
当時は大学院生をこじらせて20代も後半で、日常と非日常が絶妙のブレンドで構成された管理人の日々は、思い出そうとすると邸宅のガラス越しに見るみたいにゆらいでいます。

そんな感傷的な書き出しで始めてみましたが、今回の記事でも管理人時代を ……

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