矢中の杜活動史 第26回—Tsukuba × Tokyo①

こんにちは、早川(公)です。
更新に少し間があいてしまってすみません。

てらおくんも書いてますが、この「活動史」という記事を書いていると、いまの活動も必ずしも行き当たりばったりなのではなく、活動する自分たちの想いと縁ある方々との出合いによって作られているんだな、としみじみ思います。

NPOとしての柱の活動はてらおくんの前回の記事になりますが、それ以外にも色々やってきたことがあるので今回はそれを紹介したいと思います。

活動がNPO化してから間もなくの頃、大学時代の友人から
「NPO活動とかやってるなら是非紹介したい東京の知人がいる」
という話があり、つくばで会うことになりました。

それが、Kさんです。
Kさんは都内で会社員をやっている傍ら、東京での様々な「アソビ」を企画している、ぼくと同い年の人でした。
「アソビ」と書きましたが、本っっっ当に色々やっています。
そして、自分で「アソビ」を企画するだけでなく、東京近郊で様々な活動をしている方々と実によくつながっている男でした。

NPOの活動ミッションは、前回の記事のとおり「最高の文化財保存」です。ただもう一つ、(どちらかというと)ぼくが意識していたのは、

「トーキョーとは別の価値観を提供する」

というものです。
ここでいう「トーキョー」は東京都のことではありません。
いわばメインストリーム(主流)やそれを支えるメインカルチャーの意味で、2017年現在、さかんに話題になっている「地方消滅」の話と対応するものです。

ぼくは、文化人類学という立場から、北条商店街ひいては筑波山麓地域を博士論文の研究対象としてきました。
(活動史の序盤の繰り返しですが、その縁で矢中邸に出合っています。)

そこには、
「ローカル文化にも(にこそ)未来を考える種があるはず」
という信念がありましたし、今もあります。

そんな中、出合った東京の友人は、東京の中で「トーキョー」とは別の価値観を探して活動している人でした。
彼と話していると、その企画の発案から実施までの実行力のすごさに感服しつつ、これまでつくばでしか活動していない自分は井底の蛙だったな、とすごく悔しくなったのも覚えています。

でも一番思ったのは、
「この人とだとなんか面白いことできそう!」
という感情です。

…と書いている間に今回も規定字数に達してしまいました。
理念の話が続いてすみません。
次回こそ、この「TxT」の話をしたいと思います!

次回邸宅公開日は3/18(土)です。

玄関の白モクレンが咲き出す季節ですね。

来邸をお待ちしています。

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