1年が経ちました。
こんにちは。
minaです。
文字通り日本が大きく揺れた日から、昨日で1年が経ちました。
自宅よりもよっぽど気がかりだった矢中の杜の邸宅。
震災後初めて邸宅を見たときのことは、忘れられません。
2年かけてひたすら掃除をして、やっと蘇った邸宅が、ボロボロになっていました。
逆に涙も出ず、ただ「あー…」と息をもらしながら呆然とするのみでした。
そこから1年。
どうでしょうか。
完全に元通り、というわけではありません。
それでも、これまで一緒にがんばってきた仲間、新たに関わってくれた仲間とともに、地道に活動を続けて、矢中の杜は元気を取り戻してきました。
残念ながら3月11日には間に合いませんでしたが[……]
少しずつ、でも着実に

お久しぶりです。
気がつけば、震災から2ヶ月が経ちました。
余震が収まったわけではありませんが、少なくとも自身の身の回りでは落ち着きを取り戻しつつあるのを実感しています。
さて、以前”矢中の杜”の被災状況について当ブログで報告しました。
それ以降、少しずつではありますが、できるところから復旧作業(もしくは応急処置)に取り組んできました。
まだ一般公開には至らないため、なかなか皆さんに現状を見ていただくことができませんが、代わりにブログにて現状を報告します。
≪大谷石擁壁≫
被災箇所として一番印象的とも言える、崩落した大谷石の擁壁。
まず、ぐちゃぐちゃに落ちていた大谷石を一箇所にまとめて整理しま[……]
震災の記録?塀、庭園

矢中の杜には大谷石が至るところで用いられています。
とくに、大谷石で作られた塀は、なかなかの迫力があります。
しかし、今回の地震で、その塀の一部が見事に崩落してしまいました。
被災箇所としても、一番印象的かもしれません。
崩落したのは、本館の東側に設けられていた横井戸の上部分の擁壁です。
【大谷石擁壁】
【近づいてみると】
【ちなみに…震災前の様子はこんな感じです】
震災後、初めて見たときには言葉を失いました。
ただ、この擁壁と直角の方向でたっている長い塀は無事なので、揺れの向きも大きく影響しているんだということがわかります。
【灯篭】
庭園にあった灯篭や祠なども、倒れています。
早く[……]
震災の記録?建具
震災の記録?邸宅の内壁

minaです。
続いて、邸宅の内部について報告します。
【本館書斎の砂壁】
本館の書斎の内部は砂壁になっています。
東側の砂壁の一部が剥落し、下地が露出してしまいました。
【本館物置の内壁】
本館玄関ホールの西側には、2畳ほどの物置室があります。
写真は、漆喰の内壁の一部が剥離し、浮き上がっているのがわかります。
【本館女中部屋の内壁】
女中部屋の内壁には以前よりクラックがあったのですが、今回の地震で、その壁が剥落してしまいました。
【別館階段】
別館の内壁は主として砂壁となっています。
写真は階段の踊り場の壁で、クラックが入っています。
また、写真には写っていませんが、砂壁の一部がパ[……]
震災の記録?邸宅の外壁

すっかりご無沙汰してしまいました。
minaです。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
少しずつ日常が戻ってきてはいますが、まだまだ落ち着きませんね。
”当たり前の生活”がいかに尊いことか、改めて実感します。
さて、前の記事で少しお知らせしましたが、矢中の杜も被災してしまいました。
幸い、倒壊などの大事には至らずに済んだのですが、所々不安な箇所がありますので、当面の間一般公開を控えています。
ただ、その間にもいろいろな方々から心配の声を多数いただきました。
たしかに今回の被災状況も大切な邸宅の記録ですので、一般公開はできないまでも、
報告することは重要と考え、当ブログで状況を報告することとしまし[……]
今後の邸宅公開等について
初めまして。NPO事務局のteraoと申します。
掃除の記事などで時々“若手T”などとして登場する人物です。
本日で3月11日の震災から1週間になります。
被災された皆様のご無事とご健康をお祈りするとともに、被災地の救援、原発問題の鎮静化等に当たっている皆様のご健闘をお祈り申し上げます。
ここ“矢中の杜”でも、先日の記事でお伝えしましたように大きな被害を受けました。
擁壁の崩落をはじめ、建物についても亀裂が入った箇所や歪みが発生したところが多数あり、安全が確保できない状況です。そのため、
邸宅公開や一切の邸宅活用イベント等について、【当面の間中止】
とさせていただきます。
再開時期も、未定とな[……]