龍次郎さんのこと その30-龍次郎さん、冬を過ごす

矢中の杜で毎週土曜日に開催しているガイドツアー、必ずご説明するのが、邸宅全体に施された換気の工夫です。
建材の研究家である龍次郎さんは、ご自身が建てる邸宅を千年住宅として計画されました。日本の気候には木造建築が最も適している、その上で、その弱点を克服する工夫を凝らして、長くつかえる建物を、と設計されたのです。
木造建築の大敵である湿気を、室内から屋根裏、そして外部へと排気して、木材や他の材料を守る工夫は、見事なまでに大活躍。静かに現在も邸宅を守ってくれています。

ですが、換気量が多いということは、冬の外気を取り込む量も多いということ。しかも穏やかな気流が発生しているはずなので、冬場の寒さといったら、なんとも気合いの入ったものなのです。

換気を担う各所の無双窓は、開閉可能とはいえ、現在のサッシのような気密性能は望めないもの。サッシのある生活に慣れた今の私たちにとっては、正直寒い環境と言えましょう。
冬の時期、龍次郎さんはどのように過ごされていたのか。邸宅に残る調度品をみると、火鉢、堀ごたつや櫓ごたつ、湯たんぽなどをお使いになっておられたよう。

日本の住宅にはもともと気密性がなく、隙間風も多いため、こたつや火鉢などの局所暖房が長く使われていました。その後、生活の洋式化、アルミサッシの登場などとともに、暖房設備も変わっていき、石油ストーブやファンヒーターも登場。室内全体を暖める方式に変わっていきます。石油ストーブは昭和30年ごろから一般向けの商品として出回り始めたのだそう。
矢中の杜のタンスの中には、たくさんのドテラが綺麗な状態で残っており、裏地の色まで鮮やかです。寒い冬の夜、ドテラを羽織って、火鉢や炬燵で暖をとる龍次郎さんを想像すると、何やら愛らしい姿に思えます。

龍次郎さんご自身も、冬には寒い家になっているなあとお感じになられていたはず。今、龍次郎さんがいらしたら、邸宅にどのような工夫をなさるだろうかと思うと、矢中の杜にふさわしい断熱改修はどのようなものなのか、つらつらと考えてしまうのです。

勾配のある敷地に建っている矢中の杜、特に別館(迎賓棟)の2階からの見晴らしは、見事だったことでありましょう。北に聳える筑波山に加え、冬は南側を見れば富士山の姿も見られたはず。清潔感のある冬の空気をある意味存分に味わえる邸宅だよなあと、思えます。

親類の方から伺った話によると、当時は奥庭にある大王松の松葉を、冬になると庭の土の上にまいて、霜で土がぬかるむのを防いだのだそう。暖かくなると、松葉を熊手でかいて土が見えるようになるので、「春だなあ」と感じたのだ、という逸話は冬の寒さがあってこそとも思え、ドテラで丸くなった龍次郎さんを思い浮かべながら、日本の四季の味わいに深くうなずくのでした。

次の邸宅公開は11月25日(土)です。
12月2日(土)は午後1時30分からの公開です。
どうぞ暖かいご準備でお越しくださいませ。

ナカムラ

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です