“矢中の杜”とは

こんにちは。
2回目の更新です。
前回は挨拶だけでしたので、今回は少し僕らの舞台である“矢中の杜”(旧矢中邸)について書きたいと思います。
旧矢中邸は、昭和13年に建設が始まった近代和風住宅です。
建てた人はセメント防水剤「マノール」の発明者、矢中龍次郎といいまして、本館・別館で構成される豪華な造りと庭園の見事さから、地元北条地区の人からは「矢中御殿」と言われていました。
しかしその「矢中御殿」も、主の逝去後は建物を管理する人がおらずそのまま放置。
なんと手をつけられないまま40年以上も時が過ぎてしまったのです。
色々な因果やご縁があって初めて邸宅を覗かせてもらったときは、外は雑草が生い茂るジャングル、内はホコリとクモの巣だらけの、まるで吸血鬼でも住んでいるかのような状況でございました。
そんな屋敷をとりあえずは掃除してみようかと思ったのが1年半ほど前で、それがことの始まり。
現持主さんと一緒に1年以上かけて掃除、そして邸宅の調査をしてみると、この邸宅はなんとも「不思議な」つくりをしており、近代和風住宅として価値がある(らしい)ことがわかったのです。
【写真1枚目:敷地入ってすぐの写真(1年前)。30mくらい歩くとようやく邸宅の門です】

【写真2枚目:門から見た旧矢中邸(1年前)。木が生い茂ってます】

じゃあそんな旧矢中邸をどうやって保存していったらいいか。
持主さんと北条のまちづくりでお世話になっている方、そして僕ら掃除をしてた学生で話し合ったり相談したりした結果、NPOを組織して事業を行なっていこう、という結論に至ったのが去年(2009年)の夏の終わりでした。
それから邸宅の掃除とNPOの準備を進めて、無事申請書類を出したのが今月のこととなるわけです。
現在は5月15日の一般公開事業の開始に向けて、日々準備をしています。
試行錯誤の毎日ですが、それでもここを舞台に「何か」ができることを考えればとてもエキサイティングな毎日でもあります。
筑波山麓地域は、歴史が折り重なることで文化的な豊かさを今に残す、日本きっての地域です。
“矢中の杜”も、そんな豊かさを伝えることのできるひとつの場所にしていきたいな、というのが今の野望です。
ブログではこれまでの掃除の様子や、現在進行形で行なわれている準備を随時発信していくつもりですので、筑波山麓地域やまちづくり、古民家なんかに興味のある人はもちろん、広い意味で《つくば》を知りたいって人に読んでもらえれば、と思います。
不安定な文体で恐縮ですが、どうぞよろしくお願いします。
それでは、また。

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