“矢中の杜”をはじめた守り人の話 9 -邸宅が文化財になるまでの道のり 申請開始から登録決定の1年編-

こんにちは。井上です。

のんびり連載も9回目になりました。

今回は、前回の予告通り、文化財の申請手続きについてもう少し掘り下げたいと思います。

・「文化財」って?

知っているようで知らない文化財。

日本の文化財保護制度は、1950年に制定された「文化財保護法」という法律に基づいています。その中では、文化財は「有形文化財」,「無形文化財」,「民俗文化財」,「記念物」,「文化的景観」及び「伝統的建造物群」と定義され、分類されています。

単体としての邸宅を文化財にしたいと考える場合は、上の分類の中では、建造物が対象となる「有形文化財」になります。

文化庁公式サイトより
(https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/gaiyo/)

・「指定」と「登録」の違い

「有形文化財」の中でも、「指定」されるものと「登録」されるものがあります。

これは、文化財になる過程や保護の際の規定などが大きく違うのですが、意外とこの違いが知られていないことも多いように思います。「●●が国登録有形文化財に指定されました」のように、新聞等の記事でも指定と登録の文言の使い方が誤っているのを見ることがありますね。

元々の文化財保護の制度は、文化的価値が高く特に重要なものを厳選し、国や地方公共団体が指定して保護するのが基盤でした。その厳格な保護のため、対象となる文化財の修理や現状変更に関しては許可制に基づく強い規制がかかります。よく「文化財になると、釘一本も打てない」というイメージを持たれたりしますが(実際はそんなことはありません)、それはこの「指定」による強い規制の印象があるからなのでしょう。ただ、規制がある分、公的な補助も手厚くなっています。

一方、「文化財登録制度」は、1996年に法改正によって導入された、比較的新しい制度です。

急激な国土開発や都市計画の進展、生活様式の変化等によって、社会的評価を受けるまもなく消滅の危機にさらされている多種多様で大量にある身近な文化財を、「広く、緩く」保護することが目的です。また、積極的な「活用」も求められるのが特徴で、指定文化財に比べると現状変更に関する規制は緩くなっています。外観はそのままで内部を改装するということもできます。ただ、その分公的な補助は指定に比べてかなり少なくなります。

この登録制度の新設によって、従来の指定文化財よりも手続きのハードルが低くなり、より多くの建造物が文化財の対象に加わることになりました。

・邸宅は、どの文化財を目指すか?

以上、説明が長くなってしまいましたが、いよいよ本題です。

私たちは邸宅を文化財にするにあたって、どの文化財を目指すべきか?

邸宅は数十年空き家となっていて傷んでいた上、保存活用の活動も始まったばかり。調査も進めてはいたものの、まだまだ未知な部分もあるだろう。

そういう状況ですし、行政主導ではなく、所有者側からの申請希望になるので(前回のブログ記事参照)、まずは規制も緩く、申請のハードルも低い登録文化財を目指そうということになったのです。

・2010年4月 手続きの本格的な準備開始!

つくば市文化財室に相談に行き、いよいよ文化財登録手続きの本格的な準備が始まりました。

まず申請にあたって必要な書類一式を揃えなければなりません。

その書類とは

①都道府県教育委員会の進達書(県が作成)

②都道府県教育委員会または市町村教育委員会の意見の文書(市が作成)

③所有者の同意等に関する意思の確認書類

④建造物の所有を証する書類

⑤所見

⑥位置図

⑦配置図

⑧平面図

⑨求積図および求積表(面積計算書)

⑩通常望見できる範囲の図

⑪写真…1件につき10枚以上添付

というものでした。※2010年当時必要だった書類です。

あれ…?ハードル低いんでないの?必要な書類メッチャいっぱいあるやん…(汗)

そうなんです。やはりそう簡単ではないのが実情でした。

幸いにも、私たちの場合は、学生や研究員、大学の指導教員などの助力を受けて、図面作成や所見(建物の特徴や、文化的価値について説明した書類のことです)をまとめることができました。

でも、たとえば自宅を登録文化財にしたいと考えたごく一般の所有者がいた場合、自身でこれをすべて作成するのはかなり難しいのではないかな…。図面作成なども建築事務所に依頼するとしたらお金もかかりますよね。

写真を適切なアングルで撮影してまとめるのも意外と大変でした。

登録文化財はハードルが低いとか、緩いとか、情報として聞いていても、実際に書類作成を体験してみるとそうでもない、ということを知りました。文化財の分野に携わりたいと願う身としては、これを知ることができたのは大変いい経験でした。

ここで、申請の裏話を一つ。登録名称に関するやり取りがありました。

当初私たちが申請しようとしていたのは、「旧矢中邸」の「本館」と「別館」でした。

それで一旦市に提出したのですが、この名称では申請できないとの返答が。

私たちは「邸宅」と呼んでいましたが、手続き上だとこの建物は住宅になるので、通例では「旧矢中家住宅」となります、とのこと。

また、「本館」は「主屋」に、「別館」は「離れ」になるとのこと。

…ええ~。馴染まないし、全然イメージと違う…。あの別館を、離れと呼ぶのか?なんかヤダ…。

と、この名称変更をすんなりとは受け入れがたかったので、すでに登録されている他の建物の名称も調べてみました。

すると、中には「●●邸」だったり本館や別館といった名称のところもあったので、それを引き合いに、名称変更したくないと食い下がってみたのです。

しかし、すでにその建物のことが周知されていて、その名称が長く広く定着している場合はOKになることもあるが、旧矢中邸の場合は、そうではなく、現状ではあくまで一個人住宅なので、適用されません、と。

ううう…、願いかなわず。

そのため、不本意ながら(?)正式な登録原簿上では、「旧矢中家住宅」の「主屋」や「離れ」という名称になっています。

でも、普段の活動において私たちが呼びたいのはやはり「邸宅」であり、「本館」「別館」なので、ホームページやリーフレットなど私たち自ら発信する際には変わらずそう呼称することにしました。

・2010年7月 無事に申請書提出

手直しなどを重ねてなんとか書類を揃え、2010年7月に申請書を提出しました。

文化財登録制度の主体は国(担当は文化庁)ですが、申請書は、まず市町村の文化財担当部署に提出します。つくば市の場合は当時の文化財室でした。

そこから、次は都道府県の文化財担当部署へ上がり、最後に文化庁へ届きます。

いきなり国に提出するのではないのですね。

なので、その分時間もかかります。

文化庁に届いたら、そこで申請書の内容について不備等がないか確認がなされます。

さらに!必ず文化庁の調査官が現場確認に訪れます。

申請書の不備の指摘はもちろん、図面と現地の建物が本当に合致しているか、また登録対象となる範囲が正しいかといった精査が、全国から申請のあった物件すべてになされるのです。

旧矢中邸の場合は、その現場確認が2010年12月下旬(たしかクリスマスの日だったような…)に行われました。

それに立ち会い、調査官から「登録自体は全く問題ないだろう、それに十分値する建物だ」の太鼓判を押していただきつつ、申請内容について細かな指摘を受けたところを修正して、いよいよ手続きも大詰めです。

・あとは登録決定の通知を待つのみ!…のはずが…

調査官の現場確認も終えて申請書の修正も完了すると、最後に「文化審議会」において登録に関する諮問と答申がなされます。そこで問題なければ、文化財登録原簿への登録が決定となり、晴れて正式に「国登録有形文化財」となります。

旧矢中邸の場合は、その文化審議会が2011年3月(たしか18日だったはず)に行われる予定でした。

書類準備から約1年。ようやくその日がやってくるのかと待ちに待っていたわけです。

しかし…。

そう。2011年の3月といえば。

東日本大震災です。

邸宅も大きな被害を受けました。

未曽有の大災害に、行政の通常の運営はストップ。

文化庁の方も被災文化財の対応に追われ、当面の手続きは停止となってしまいました。

本当にあと一歩、というところで、手が届かない状態が続きました。

・2011年7月25日 正式に登録決定

ようやくこの時が訪れました。文化財登録決定の通知です。

最終的には、

「旧矢中家住宅主屋」…本館のこと

「旧矢中家住宅離れ」…別館のこと

「旧矢中家住宅石蔵および石塀」…大谷石で作られた蔵と、敷地を囲う大谷石塀のこと

「旧矢中家住宅擁壁および横井戸」…本館東脇にある大谷石の擁壁と横井戸のこと

 の計3棟1基

が国登録有形文化財となりました。

登録証と、登録プレートが届いた時の喜びはひとしお。感慨深いものがありましたね。

登録プレートは、今年の春に新たに完成した版築塀に埋め込まれ、皆様をお迎えしています。
矢中の杜にお越しの際は、ぜひこちらも注目してみてください。

以上が、旧矢中邸が空き家から「国登録有形文化財」になるまでの道のりでした。

今回は、内容も少々マニアックで、長くなってしまいましたね。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

「国登録有形文化財」になったことと東日本大震災での被災についても、伝えたいことがたくさんあります。

東日本大震災での被災については、また改めて書くつもりです。

それでは、また。

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