2021.04.08

“矢中の杜”をはじめた守り人の話 4 -自分にしかない「専門分野」がほしい-

お久しぶりです。井上です。前回の第3話から、随分と間が空いてしまいました。すみません。

もう以前の連載の内容も忘れられているかもしれませんね。そんな方は、「“矢中の杜”をはじめた守り人の話」を再度読み返していただければと思います。私自身も読み返しました(笑)

“矢中の杜”をはじめた守り人の話 1 -新連載はじめます-

“矢中の杜”をはじめた守り人の話 2 -出逢いは一目惚れ-

“矢中の杜”をはじめた守り人の話 3 -“矢中御殿”の所有者が変わった!!!!!とざわつく-

前回まで、どうして矢中の杜の活動を始めたのか、という出発点のことを書いてきました。今回も、それに続く話です。

前回、前々回の記事にて、不思議な縁で邸宅と出逢うことになり、邸宅に“一目惚れ”をしてしまって、活動を始めたと書きました。

その通りではあるのですが、実はそれとは別の“個人的な思い”も背景にありました。このことはあまり人には話してこなかったのですが、書いてみます。

邸宅と出逢った頃の私は、大学院の修士(正確には博士課程前期)1年でした。所属していたのは、筑波大学大学院の世界遺産専攻というところです。

世界遺産専攻は、その名の通り、世界遺産をはじめとした文化遺産や自然遺産の保護、保存活用に関する様々な研究を行う専攻です。研究対象は国内外問わず、学問分野も非常に幅広いため、所属する教員や学生の専門やバックグラウンドも本当に多種多様でした。

学部時代から文化遺産の保存活用に興味があったため、世界遺産専攻への進学を決めた私でしたが、専門は?と聞かれた時に、たとえば建築学や歴史学、考古学、保存科学といった専門分野を学んできた周りの学生と比べて、明確に言えるものがないことに密かにコンプレックスのようなものを感じていました。

先の記事でも触れたように、卒論は、地域の文化資源を活用して活性化を目指す北条地区の取り組みを事例として、文化人類学的な見方からまとめました。文化人類学的な見方となったのは、所属していたゼミの教員や一緒に北条で活動していた先輩(彼は文化人類学の研究者を目指して博士論文に取り組んでいました)の影響が大きく、実際に文化人類学的なフィールドワークもとても興味深かったですし、卒論執筆もとても有意義な経験となりました。しかし、私自身が文化人類学を専門としてやっていく(文化人類学の研究者になる)つもりではありませんでした。

また、卒論で対象とした文化遺産というのは北条地域に残る土蔵造りの建造物などですが、それらは世界遺産であったり、国指定の重要文化財といった著名な文化遺産というわけではありません(もちろん、そうでなくても貴重な文化遺産であることに変わりはありませんよ)。

そのため、世界遺産専攻に進学して、すでに学部時代から専門性を高め、国内外の世界遺産や著名な文化遺産を研究対象にしている同期や先輩方が、随分と高みにいるように見えて、自分の専門性のなさや研究テーマの曖昧さを痛感していたのです。

そんな気持ちもあって、北条でのまちづくり活動を続けるかたわら、国内の世界遺産を研究対象にしようと動いた時期もありました。自分の出身地に近い世界遺産はどうだろうかと何度か視察に行ってみたり。しかし…どうしたことか、いろいろ見てみても、どうも自分の研究対象に思えてこないのです。

一方で、北条でのまちづくりの活動は一層活発になり、ひょんなことからアイスクリームの開発リーダーになったり、様々なイベントに関わったりと、北条に費やす時間は増すばかり。活動はとても刺激的で、責任ある仕事もあったり、面白い人との出会いもあったりして有意義そのものだったのですが、大学院生の本分である修士研究のテーマが定まらないまま活動に没頭することに葛藤がありました。

そんな時に出逢ったのが、矢中邸だったのです。

理屈なしに「一目惚れ」したのと同時に、明らかに文化的価値が高いだろうに未だ誰も手を付けていないこの邸宅研究の第一人者になりたい、「私にしかない専門分野」の舞台をこの邸宅にしたい、と思いました。

それまで抱えていた葛藤が、みるみる晴れていった瞬間でした。

「きっと龍次郎さんに呼ばれたんだ!」と当時の私は本気で思っていたのですが、それは邸宅と出逢ったのがこういうタイミングだったからというのもあるのだろうと思います。

今思えば、生来自分が直感でビビッと来たことにしか触手が伸びない、自分自身が動かないと楽しめない私にとって、理屈で研究対象を見つけようとしたり、他の人がすでに研究しているような対象に目を向けても、気持ちが定まらなかったのは当然だったかもしれません。

以後、一目惚れしてしまった上に研究対象にもなった邸宅の開拓に、猪突猛進していく日々を送ることになるのでした。

この茂みの先に、こんな出逢いが待っているなんて…

どれほど荒れていようと

どれほど埃を被っていようと、輝いてみえた

この邸宅を舞台に、自分は一体どんな未来を描けるのか

果たして、私はこの邸宅研究の「第一人者」になれたのでしょうか…?

物語は続きます。

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