2021.05.06

“矢中の杜”をはじめた守り人の話 5 -一学生の営業努力-

こんにちは、井上です。

今回も、活動が本格的に始動する前の話を書きます。

いつになったら活動の話が出てくるのか…そう思われてしまうかもしれませんね。

この連載記事を書くにあたり、予め内容を決めているわけではなく、毎度今回は何について語ろうかと考えながら書き始めるのですが、活動を始めるまでの経緯を丁寧に綴ることを意識しています。

活動も10年以上続けていると、いろいろなインタビューを受けたり、学生の研究対象になったりすることもしばしばあります。

当時は学生だった自分が、今では大学生の卒論の事例研究の一部として語られていたりすることも。

そこでは、「文化財保護に興味のあった学生が、邸宅を文化財として後世に残すために活動を始めた」と記述されます。

その通りです。…その通りではあるのですが、その一文には表されない、活動開始に至るまでの紆余曲折が、本当はドラマがあったり面白かったりするのです(少なくとも私にとっては)。

それを書けるのは自分しかいない。なので、記憶を掘り起こして、なるべく丁寧に書こう。そう思いつつ、今回も筆を進めることにします。

他のNPO創設メンバーの2人が連載した「矢中の杜活動史」を読み返していると、私が彼らに本格的に邸宅のことで働きかけたのが2009年の4月頃だったようです。

私が邸宅を訪れたのが2008年の11月…あれ、2009年4月までの間はどうしていたんだっけ…と、当時のメールを見返してみました。

すると、2008年11月以降、ものすごい頻度でオーナーとやり取りしていました。ああ、そうだ、こんなに連絡を取っていたんだった…!!

邸宅に一目惚れし、自身の研究対象にもしたいと思った私は、何をおいてもまずはオーナーに信用してもらえなければなりません。

元々、オーナーと出逢ったのが、(連載3回目の記事でも書いた通り)たまたま共通の知人がいたことがきっかけでした。その共通の知人もやり取りに加わっていたので、不信感は薄まっていたかもしれませんが、オーナーの立場で考えると、急に名乗りを上げた学生を、どれほど信用していいか実際のところ困惑されていたのではないかと思います。

また、所有者が変わった邸宅に関心を持ったのは私だけではありませんでした。

まだ掃除もまともに始めていない時から、オーナーの下にはロケの話や、旅館経営者、レストラン経営者などからもアプローチが来ていました。

オーナーがその方々の応対をされる際には、都度私も話に加えていただき、状況を伝えていただきました。

学生の私はもちろん資金はなく、邸宅を修繕や改修等してすぐさま動かせる力はありません。もしこのタイミングで、その経済力と今後に向けた魅力的な提案を持った人が現れれば、当然私の出る幕はなくなります。

それがオーナーと邸宅にとって望ましいことであるなら歓迎すべきことですし、私がしゃしゃり出て反対などする立場ではありません。

ただ、誰の手にどのような形で委ねられることになったとしても、改変が加えられる前に、奇跡的にほとんど建築当時から手つかずのまま残っている邸宅について、きちんと調査をして歴史や特徴、文化的価値を明らかにすること、それは叶ってほしい。

それが明らかにならないまま、ただの豪邸あるいは豪華な商業施設として扱われてしまうのは、なんとしても避けたい。

さらに望むなら、その文化的価値を損なわないかたちで、活用されてほしい。

今の私にできることがあるなら、その部分だ!

その思いを、私なりに誠実にオーナーに伝え、とにかくまずはオーナーの掃除に同行させてもらって、自分の体を動かして邸宅を知ること、そして自分が持つネットワークを生かすことを始めました。

お金はありませんが、学生の強みである時間とエネルギーを最大限に使って、信用に足る人間だとオーナーに思ってもらえるようになろう、と。

これが当時の私にできる、(オーナーに対しての)営業努力でした。

ネットワークの一つは、自身が所属する世界遺産専攻の先生方に相談して、邸宅の調査や価値評価について指導を仰ぐこと、授業の一環で学生の見学を受け入れ、関わってくれる人材を増やすことです。

また、まちづくり活動を通じて知り合った地元の方々との意見交換なども行いました。

幸か不幸か?先に述べたロケや旅館経営者などの話はうまく運ばず、2009年の年明けから度々オーナーと一緒に掃除をする中で、コミュニケーションをとる機会も増えていき、邸宅の今後を考える立場の一人になることができました。

こうやって当時のメールのやり取りを見ると、オーナーはご自身のお仕事もある中、こんな一学生に対して、いつでも寛容に丁寧に応えてくださったなぁと、またもや感謝の気持ちが湧いてきます。

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